chayarokurokuroの雑記ブログ

読書記録、書評、歴史(九州王朝)など

福岡県筑後市溝口『溝口竈門神社』

マンガ・アニメ『鬼滅の刃』で一躍有名になった溝口竈門神社にやって来ました。 矢部川の土手の上から 前回投稿の八女市馬場の熊野速玉神社からの移動です。距離にして5.6キロ、車なら10分程度。徒歩は1時間以上掛かる。自転車で20分。 矢部川の土手を下流方…

福岡県八女市大字馬場『熊野速玉神社』

八女市大字馬場の熊野速玉神社。八女上妻郡(かみつま、こうづま)の宗社だったそうです。創建もわりと古く白鳳元年。 「鈍土羅の樟」がある熊野神社から移動しました。こちらの神社にもクスノキ「南馬場の大楠」(福岡県天然記念物)があります。 南馬場の大楠 …

福岡県八女市大字馬場『熊野神社』と「鈍土羅の樟」

福岡県八女市大字馬場の熊野神社と「鈍土羅の樟(どんどらのクスノキ)」。 鈍土羅(どんどら)とはこの辺りの地名で、交差点やコンビニの店名などにも使われておりますが、正式な地名として記録に載ったことはないようです。変わった地名です。 そこでNHK福岡放…

福岡県久留米市高良山の『高樹神社』

福岡県久留米市御井、高良山の麓にある高樹神社は、筑後国一の宮 高良大社 の創建に係わる重要な神社です。 場所 Make this Notebook Trusted to load map: File -> Trust Notebook 高良大社の一の鳥居(石造大鳥居)から高良大社の方へ登って500m。徒歩8分。…

卑弥呼の墓?福岡県久留米市『祇園山古墳』

福岡県久留米市の高良大社の麓にある祇園山古墳(ぎおんやま)に行きました。 卑弥呼の墓説のある古墳。弥生末期~古墳前期に作られた方墳です。 場所 Make this Notebook Trusted to load map: File -> Trust Notebook 高良下宮社から移動しました。徒歩1分。…

福岡県久留米市『高良下宮社』

福岡県久留米市の高良山(こうらさん)の麓にある高良下宮社(こうらげぐうしゃ)に行って来ました。 場所 Make this Notebook Trusted to load map: File -> Trust Notebook 高良大社一の鳥居(石造大鳥居)の手前の右手に小さな鳥居があり、歩いて1分。境内に駐…

佐賀県三養基郡みやき町『肥前一の宮・千栗八幡宮』

初詣、佐賀県三養基郡みやき町大字白壁字千栗の『肥前国一の宮・千栗八幡宮』に行きました。 「平成の三四郎」こと柔道の古賀稔彦氏が若い頃にこの千栗八幡宮の階段で足腰を鍛えていたそうであります。急な146段で運動不足にはキツイ。 写真に写っているのは…

福岡県久留米市「水天宮・総本社」

2022年、寅年。 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m 初詣に行って来ました。二社。一社目は福岡県久留米市の水天宮本社です。 この2年ほどでけっこう神社を周りましたけど、平日土日に行けばどこの神社もスカスカ…

福岡県糸島市『雷山神籠石(北水門跡)』続き

前回の続きです。 御所ヶ谷神籠石に行った際の現地にあった説明板によると、神籠石は古墳作りと同じように「版築(はんちく)工法」という、何層もの種類の土を重ねてつき固め、壊れないようにした上に神籠石を乗せている。 ものすごい急斜面で何キロにも渡っ…

福岡県糸島市『雷山神籠石(北水門跡)』

福岡県糸島市の『雷山神籠石』までオートバイ(クルーザータイプ)で登りました。 糸島市公式・雷山神籠石 糸島市観光協会公式・雷山神籠石 神籠石は古代山城ですが『古事記』にも『日本書紀』にも出てきません。『日本書紀』には天智天皇の頃に山城を建築・改…

福岡県大川市の初代・阿曇磯良と風浪宮(続き

福岡県大川市の風浪宮(ふうろうぐう)、前回の続きです。 本殿を左に回ります。 拝殿の左側に白い看板があります。風浪宮の創建は西暦192年で1800年以上の歴史を持ち、本殿は1560年に筑後十五城筆頭大名の蒲池鑑盛が再建したものですが、現在改修工事をやって…

福岡県大川市の初代・阿曇磯良と風浪宮

福岡県大川市酒見の風浪宮(ふうろうぐう)へ行って来ました。地元ではおふろうさんと呼ばれ、親しまれております。 なんと、こちらの神社は西暦192年の創建といわれ、初代宮司の阿曇磯良(阿曇磯良丸 あづみ・いそらまる)から代々阿曇姓の方が継いでこられ、現…

そろそろドカンとデカいのが来そう?

観測機1のデータです2つの地震前兆パターンが継続出現していますM7クラスであれば数ヶ月でM8であれば1年近く出現し下降して地震が発生する可能性があります今日は赤の強い反応が下降しています大気重力波は九州 中国 近畿地方に出ています瀬戸内海から大阪 …

日本語のルーツは西遼河で3000年前に渡来ですと?

マスコミの記事は消えるので全文引用する。 日本語の元となる言語を最初に話したのは、約9000年前に中国東北地方の西遼河(せいりょうが)流域に住んでいたキビ・アワ栽培の農耕民だったと、ドイツなどの国際研究チームが発表した。10日(日本時間11日)の英…

欧州の脱炭素は大量の凍死者を出す

電気などでは暖がとれないでしょ。欧州は人口減らしたいんだろうか。南方への民族移動が始まるのかな。

反ワクチンではなく、正しくはコロナmRNAワクチンもどきのアンチです。

日本脳炎やBCGなどのワクチンに反対する日本人はあまり居ないだろう。 コロナは、感染者の99%以上は発症すらしない。死亡者の95%は60代以上で、そのほとんどは80代が占める。未成年の死亡者はゼロだ。2、30代でもほとんど居ない。騒動初めから1年経過で死亡…

熊襲の九州倭国

『記紀』には「熊襲(クマソ)」と呼ばれる人々が登場します。大和朝廷に逆らい、従わない九州の強者集団。九州王朝説的な我が立場でこれを見ていきます。 熊襲は『記紀』のどこに登場するか 「熊襲」は『古事記』と『日本書紀』のそれぞれどの天皇の部分で出…

宇佐神宮と神功皇后メモ

大分県の豊前国一宮宇佐神宮は全国の八幡宮の総本社です。祭神は応神天皇、比売大神、神功皇后。 そこの資料に神功皇后らしき神について気になる事が書いてあるのでメモ。 九州の宗廟、九州総社と言われているのが福岡県久留米の高良大社です。九州王朝説系…

大野和基・編『未完の資本主義』PHP新書

2019年9月27日第一刷 2008年のパリバ・リーマンショック直後からはじまるバブル崩壊分析が一息ついた頃辺りから、文明崩壊論みたいなものも含めた資本主義の行き詰まりに関する書籍や論調が増えて来たように思います。極端な富の格差と貧困問題、ベーシック…

允恭天皇と忍坂大中媛は九州が匂う

怪しい。 第19代・允恭天皇(いんぎょう) 5世紀前半に実在したと考えられている人物。 和風諱号 : 雄朝津間稚子宿禰天皇 父親 : 仁徳天皇(大鷦鷯天皇) 母親 : 葛城襲津彦の娘・磐之媛 皇后 : 忍坂大中媛(応神天皇の皇子・稚野毛二派皇子(若沼毛二俣王)と弟日…

ヤマト王権に立ちはだかる瀬戸内海の潮

ヤマト王権と瀬戸内海を考えてみます。 日本近海の潮の速さ 潮や船の速さを表す単位にノットがあります。1ノットは一時間あたりに1海里(=1マイル)進む速さです。 1ノット = 1海里/h = 1マイル/h = 約1.8km/h これをふまえ、 日本近海の潮の速さ 太平洋の黒潮…

景行天皇の示すトンカラリン(完全妄想

『日本書紀』の景行紀にトンカラリンのヒントがあるという完全勘違い投稿。 阿蘇都彦・阿蘇都媛 我が妄想では、景行天皇は秦王国=俀国(=筑豊・大分)が生み出した新羅系の架空人物になってしまっております。その息子のヤマトタケルは新羅の花郎をモデルにし…

古代地名検索と古代地図地名検索(メモ

便利そうなサイトを見つけたのでメモしておく。 古代地名を検索する ここから ↓ 奈良文化財研究所 古代地名検索システム 奈良文化財研究所 この「古代地名検索システム」は、2015 年 12 月に『和名類聚抄』所収の古代地名(国郡郷名)を収録して公開した「古…

産経の垂れ流す寺澤ポンコツ纏向説

古代史最大の謎として江戸時代から続く邪馬台国(やまたいこく)の所在地論争。「女王・卑弥呼(ひみこ)は、北部九州や吉備(岡山)を中心とした勢力によって擁立され、奈良・纒向(まきむく)遺跡を首都として国を治めた」との説が打ち出された。有力候補…

景行天皇が示す邪馬台国のヒント

『日本書紀』景行天皇紀にある邪馬台国のヒントについて。 以前の投稿 で、景行紀に狗奴国の場合のヒントが隠されていると書きましたが、邪馬台国についてもヒントが隠されているっぽい。見ていきます。 第12代天皇・景行天皇 和風諱号を「大足彦忍代別天皇…

物部麁鹿火は筑紫君磐井の子か?

妄想メモ。 『日本書紀』の欽明天皇紀に、筑紫君の子として筑紫火中君と筑紫火君が登場する。筑紫君の末裔はその他にも筑紫君葛子、筑紫鞍橋君、宮地嶽神社の祭神と古墳被葬者関連、八女古墳群、須多田古墳群、大石古墳群など、ぶっ潰された割にはいろいろ居…

人間国宝・落語家の柳家小三治氏(81)、訃報

落語家で人間国宝の柳家小三治(やなぎや・こさんじ、本名郡山剛蔵=こおりやま・たけぞう)さんが7日午後8時、心不全のため東京都内の自宅で死去した。81歳だった。東京都出身 ご冥福をお祈りします。

第31代用明天皇は俀国王の多利思北孤

『隋書』に俀国王「阿毎 多利思北孤 阿輩雞彌」が登場しますが、『新唐書』には「目多利思比孤は用明天皇」だという記述がある。このことについての確認と、さらに用明天皇と俀国=秦王国(筑豊・大分)を繋げます。 前回は、遣隋使を派遣した俀国は豊国(筑豊・…

遣隋使は秦王国(豊日別=豊国)が行った?

「遣隋使は筑紫国の東にあった秦王国=豊日別(筑豊・大分)が派遣した」のではないだろうか。 『記紀』における遣隋使は推古天皇時代にあたる。推古天皇の和風諱号を豊御食炊屋姫天皇といい、「豊」がつく。豊国の人だろうか。 登場人物として、『隋書』『記紀…

九州は薄葬令が敷かれていたのでは?

薄葬令(はくそうれい)というものがあります。魏の曹操は自分の墓は豪華に作るな、豪華な財宝は副葬するな、などの遺言を残していたようです。呉なども王墓は質素らしいですが、薄葬令はそれ以前の漢帝国時代から既にあったのだとか。周もあったか。薄葬令が…