chayarokurokuroの雑記ブログ

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島原半島の縄文遺跡原山支石墓群に行ってきた

島原半島の南部にある原山支石墓群という遺跡を見に行って来ました。小浜温泉から約9キロ、自動車で15分ぐらいの距離。山を登った所にあります。時代は縄文後期とされているようです。弥生土器が出てこない為だとか。土器に籾(モミ)がらの跡が付いていたので稲作があったであろうとのこと。

点在している石がそれぞれ縄文の高来の神々のお墓です。
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穴に板状の石で枠を作って、その上に直径1メートル程の岩を乗せてある。

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墓の長辺は「前にならえ」をした肩幅ほどの長さしかない。短辺はその半分位でしょうか。買いだめしたトイレットペーパー 12ロール入りぐらいのサイズ。屈葬されていたらしいが骨壷が2個入る程度なので、エスパー伊東的な能力のある子どもが頑張って入るか入らないかぐらいだろうか。どうやって入れたのだろう?大人でも相当小さかったという事なんでしょうか。

周りが木々に覆われており風景が見えなかったのですが、東は有明海を挟んで玉名とか阿蘇山が見えるのかな?西は長崎。南方の航路で有明海と中国南部の楚や呉、宋と往き来するならここ辺は通りますかね。有明海から朝鮮半島に渡るにも通る。大規模に田畑が耕せるような平地はないのでチャンバラ弥生文化には適さないかも。
高木神と娘の栲幡千々姫は長崎人なのではないかと秘かに思って居ります。高来県と高木、千々石(ちぢわ)と千々姫。国立公園の第1号も瀬戸内海と霧島に並んで雲仙天草も入っていますので、何かその様な意味を含んでいるんじゃなかろうかなどと思う。