chayarokurokuroの雑記ブログ

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日本古代の名の蔑称について

古代日本人の蔑称


卑弥呼」という名前に「卑(いやしい)」の漢字を使っているのを、よくウヨが「中華思想蛮族扱いでドウタラコウタラ」と文句言ってたりする。「倭」も同じ。
確かにそういう側面もあるとは思う。日向の百姓イワレビコも宇陀の長脛彦軍、エウカシ・オトウカシ兄弟との戦闘シーンで兄貴が矢られ、矢鱈と相手を「卑しい卑しい」とのたまいける。 相手を落とす。下に見る。だが、相手をさげすむ事でおのれが上がることはない。



イワレビコ丹田紀行法


と書いた所で、あることを思い付いた。ちょっと脱線する。
つまり、これは 相手を下げると自分が上がる【井戸の滑車方式】だな!?

神武東征は奈良到達まで20年ほどかかっている。日向を出て大分の宇佐や瀬戸内海など数ヶ所の「宮」にそれぞれ数年間ずつ滞在する。
「滞在中に何をしていたのか。」という事と、滞在場所の共通点から、「神武東征は丹(辰砂、朱)を求めて旅立ったのではないか」とする説がある。
その際の根拠に、「宮」は辰砂産出地と重なっているとしてある。

丹(に)は天然の水銀(硫化水銀)のことで、岩に赤く混じって存在する。赤っぽい岩。赤く結晶化している場合もある。
漢字の「丹」は井戸に点が付いた象形を表す。マグマだまり、熱水鉱床で採れる。岩が赤いので、赤ちゃんに例えられる場合もある。神話中に登場する出産話しは辰砂採掘を指すと疑ってよい。
秦の徐福が不老長寿の薬を求めて探索に出たが、これは「丹索」だろう。邪馬台国も「其山有丹」とあり、丹が採れる場所にあった。日本各地の徐福伝説のある地域は辰砂産出地だろう。邪馬台国候補地でもある。
丹は古今東西、不老長寿の薬として用いられ、賢者の石とも呼ばれる。信長の側にいた植民地尖兵イエズス工作員ルイス・フロイスは梅毒患者にこの丹を処方した記録がある。鎮痛剤。薬というが有毒で中毒症を起こす。その他の利用法として、高貴な人物の遺体に塗って腐敗防止したり(ミイラ作り)、古墳の石室や棺の内部に塗ったり、金や銀を取り出したりメッキする際に使用した。古代有力豪族は大体この辰砂産出地を抑えている。巻向・三輪山のバックでエウカシ・オトウカシ兄弟がいた宇陀もそうだ。
神社の朱色はこれに因む。

丹を採る際に岩に穴を掘り、井戸を掘っただろう。現代的には滑車で汲み上げたと考えるが、そんな古代に滑車があったんだろうか?
滑車装置はアルキメデス(紀元前287~)が開発したとプルタルコスが記しているとある。
日本古代の滑車の歴史は宿題にします。



蔑称と反きらきらネーム


蔑称に話を戻す。
卑弥呼や倭などの名前に蔑む意味の漢字が使われている意味を、謙譲語的発想で見てみる。

謙譲語は自分を下げることで相手を持ち上げる。テコの原理。滑車か天秤か。
梅原猛は著書『古事記』で、

須佐之男が大穴牟遅(オオナムチ)に葦原色許男(アシハラ・ノ・シコオ)と名付けるが、色許男(シコオ)というのはうんこの男という意味であろう

というような事を書いている。また、続けて

特にアイヌの社会ではっきり見られるが、日本の古代社会においても、災難を逃れるために、わざと汚い名前を与える。

という。日本神話にはシコオやシコメという名前の人物が数名登場する。自らウンコ男、ウンコ女と名乗ることで厄災を避けられるという発想は謙譲語的だと思う。外国語に謙譲語はあるのかな?
また、名前の語尾の「麿、麻呂」や「丸」、「麻理」も一説では「ウンコする」という意味の「まる」から来ているという。オマルのマル。九州では筑肥弁で「クソまる(大便する)」と今でも使います。長野や愛知でも言う地域があるとか。
ぷっつんしたスサノオが「屎麻利散(くそまりちらか)」し大暴れする時のマル。

お上(おかみ)に目を付けられないよう、または神に気に入られるかして黄泉の世界にお呼ばれしないよう、自分の名を汚れたものに仕立て、謙譲で下げ、何か別の物を献上するという思考から「蔑称」を見ると随分違う世界が見えてくる。



とはいえ、イザナミのゾンビに追いかけられ死に物狂いで黄泉の国から戻ったイザナギが禊(みそぎ)を行う衛生管理。医学的。汚と禊とひとセット。裏と表か表と裏か。