chayarokurokuroの雑記ブログ

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佐原真・編『古代を考える 稲・金属・戦争 -弥生』/奥野正男『鉄の古代史1 弥生時代』

  1. 佐原真・編『古代を考える 稲・金属・戦争 -弥生-』吉川弘文館2002年1月1日第一刷
  2. 奥野正男『鉄の古代史1 弥生時代白水社1999年4月25日第三刷
    • 1933年札幌市生まれ。筑紫古代文化研究所代表。元・宮崎公立大学文学部教授

2冊とも弥生時代の考古学。素人ウケしそうな分かりやすい物語ではなく、石器や青銅器、鉄器など細かく分類された出土品のデータをひたすら紹介。若干辛い。カタログ眺めるが如し。

佐原編『稲・金属・戦争』は中村友博(元・山口大学教授)の青銅器に関する話がものすご面白い。
青銅器はほとんどが住居や祭場跡、お墓などではなく、村はずれの山の中などにかたまって埋まっているのが偶然発見されるという。どういうわけか西欧も同じ。このような遺跡を埋納址(まいのうし)という。ヨーロッパ考古学ではフランス語でデポ、英語でホード、ドイツ語ではフントという。日本の中世でも山の中で銅銭が大量に入った壷が見つかる事があると網野善彦の本にあった記憶があるが、辺鄙な場所に埋める理由がよく分かっていないとか。銅してなんだろ~?
欧州のホードやフントは一括発見物一般を指すので少し意味が異なるが、主な理由としては行商人が荷卸し商品保管の安全確保の為に埋めて隠していたのだとしているとある。
また青銅器は大抵実用的ではなく、祭祀に使い、大型化する。個人的な威信財ではなく社会共同的な祭祀品。形状や用途が石器と鉄器と絡んで時代や状況と共に変化する。ヨーロッパとも比較して論じてあるがよく似ている。
中村氏が書籍を出されているか検索したが見つからず。ウケると思う。



奥野正男氏の方は石器と青銅器で半分、残りを鉄器について記す。
弥生時代の鉄器はほぼ朝鮮から精練済みを輸入していたようだと。精練所跡が北九州市小倉南区から出ている程度で見つからず。また日本で砂鉄を使い始めるのは5世紀頃からと。
著者が九州派寄りだからか、弥生時代の鉄器の出土は九州の一人勝ちの印象。実際そうだけど。
奈良がどうやって九州勢を打ち負かせるというのか。ペンは剣より強しか。アベシ