chayarokurokuroの雑記ブログ

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タケミナカタは宗像氏、蘇我馬子?

諏訪大社諏訪明神などと呼ばれているタケミナカタ - Wikipedia蘇我馬子ではなかろうか。
音が「ミナカタ」と「ムナカタ」に似ているので、宗像氏との関係性を疑う人は少なくないだろうと思う。
だが大国主などが出てくる時代に蘇我馬子

歴史改竄のプロフェッショナルに掛かればチョロい!

この投稿は蘇我氏の正体。筑紫君と継体/メモ - chayarokurokuroの読書ブログの妄想を引き継いでいます。蘇我氏=火君=宗像君(=阿倍氏)



上にリンクのWikipediaから抜粋

古事記』においては事代主神コトシロヌシ)と同様に大国主神オオクニヌシ)の御子神とされている[2]。しかし大国主の系譜を記した箇所にはタケミナカタの記載がないため[2]、母は明らかでない。


先代旧事本紀』「地祇本紀(地神本紀)」では大己貴神大国主)と高志沼河姫(コシノヌナカワヒメ)の御子神とされており[3][1]、「天神本紀」の国譲りの段ではタケミナカタ事代主神のことを「兄」と呼んでいる[4](『古事記』においては大国主事代主神を生む神屋楯比売命より先に沼河比売を娶っており、事代主神タケミナカタの兄に当たると明記されていない。)



先代旧事本紀によると、タケミナカタの母が高志沼河姫越国の人です。
また、タケミナカタは事代主の事を「兄」と呼んでいるとある。
阿倍臣事代という人物がいます。『日本書紀顕宗天皇三年。対馬下縣直に磐余の田んぼを献上せよとか言っている。

タケミナカタは越国に関係があり、事代主の阿倍氏にも関係がある。天照大神が出てくるので、宗像氏が登場する磐井の乱後の時代だとする。高皇産霊も出てくるので高良大社にも関係。

古事記』と『旧事本紀』では征服される神として描かれるタケミナカタは、諏訪地方に伝わる伝承では現地の神々を征服する神として登場する。


いわゆる明神入諏神話を記録した現存する最古の文献は、宝治3年(1249年)に上社大祝(おおほうり)の諏訪信重から鎌倉幕府に提出されたといわれている『諏訪信重解状』(『大祝信重解状』、『大祝信重申状』とも)である[24][25]。これによると、神宝(鏡・鈴・唐鞍・轡)を持参して守屋山に天降った諏訪明神は、守屋大臣(守矢氏の遠祖とされる洩矢神)と争論・合戦・力競べをして、その領地を手に入れた


守屋大臣」を破ったのは誰か。蘇我馬子でしょ。
タケミナカタ=蘇我馬子。宗像氏の蘇我馬子



『異本阿蘇系図』と『神氏系図(大祝家本)』は、科野国造家(金刺氏)出身の神子(くまこ)[注釈 5]、または乙頴(おとえい)が初代大祝で、用明天皇2年(587年)に社壇を設けたとしている。『大祝家本神氏系図』では有員が神子の子孫とされている[57][58]。


阿蘇氏が関係している。