chayarokurokuroの雑記ブログ

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巨大墳墓の築造は非現実的で不毛

「なぜあんな大きな古墳を作ったんだろう?」
「そのエネルギーを食糧や治水、工業や商業の発展などもっと生産的なことに使う方がいいのでは?」



そのような疑問を現代人は持つと思うが、当時の人たちも同じように考えていた。




を読んだのですが、大きな墳墓を作る理由は、

  1. 権力者が交代するなどして、未だ権力基盤が不安定な時
  2. 権力が民に十分認識されていない
  3. 権力者は、誰が権力者なのか知らしめたい

などの条件が存在するからのようです。「誰が権力者であるか」を民衆が一旦知ってしまうか認識されると、わざわざ膨大な労働やエネルギーを費やしてまで巨大な墳墓を造る不毛なことを権力者は止めてしまいます。



そうした人類の文明的な普遍性から日本古代の巨大古墳を見た場合、たとえば関西の巨大な古墳を建造していた時期は地域内での権力基盤が確立途上だということができます。

ズバリいうと、ヤマト王権のようなものは未だ存在しなかった「から」、巨大な古墳を競うように造っていた、ということです。
九州のような所は倭奴国倭国弥生時代からあったので、わざわざ大きな古墳を造る必要が無かったわけです。



また墓制についても、前方後円墳は奈良の発祥ではなく四国だろうし、地域や時代によっても出雲や吉備や九州、更に中国や朝鮮などの技術などバラエティーに富み、、副葬品についても傾向はあるものの統一されておらずそれぞれに特色がある。「ヤマト王権が許可制で造らせた」などというのは全くの虚妄でしょう。その証拠に古代文献史家などは、考古学で都合が悪いと「河内王朝」「吉備王朝」「近江王朝」「葛城王朝」「地方有力豪族」など苦々しい屁理屈をこねながらもヤマト王権固執したがる態度をとります。欧州のように神話と歴史を学問的に切り離す事が出来ていない。
日本古代史は学問ではないと言っても言い過ぎではないと思います。