chayarokurokuroの雑記ブログ

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佐賀県武雄市花島「玉垂神社」

佐賀県武雄市花島の「玉垂神社」へ行って来ました。

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高良玉垂命となにか関係があるのでしょうか。玉(ギョク)を垂れるというノッピキナラナイ名前の神社。鼻垂れ耳垂れなど土蜘蛛の仲間なのでしょうか。
武雄神社に近く、高橋の地名があります。



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「玉垂社」


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鳥居の右手

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鳥居の左手
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瓦屋根。香春やね、高良やね…

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左の狛犬。髪の毛に噛みつく子どもの狛犬が可愛らしい。

皇子なんでしょうか。
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木鼻

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木瓜紋があるはずだと思って探したんですが、扇子に日の丸か、打出の小槌の二つ。鍋島藩の影響かなにかだろうか。鍋島の家紋とも違うけど。

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右側から二枚
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左側から二枚

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左手になにかある

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墓地っぽいね。



案内板が立っている。見えづらい場所に立ててある。神社との関係も不明。

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岩倉使節団で欧米訪問した山口尚芳(ますか/なおよし/ひさよし)について書いてある。

山口尚芳 - Wikipedia



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山口尚芳の家族の墓地なのか、山口氏の墓石が5基ほどあった。全て梅紋。



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本殿後ろから。こちらは瓦屋根ではない板金。



神社を降りて右側に回ってみると
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山口尚芳(1839~1894)、山口尚澄の子として武雄に生まれる。名を範蔵、治貴人といい、幼い頃から学問に優れ、鍋島第28代重義に見込まれ長崎で洋学・英語を習得。大隈重信副島種臣らと維新の世上で活躍。明治4年岩倉使節団の副使に任命され世界の情勢を視察。帰国後は元元老院議官、会計検査院長貴族院議長を歴任。正三位勲一等を受ける。花島の屋敷は太政官屋敷と呼ばれ、花島地区では毎年正月12日に遺徳を偲んで「範蔵祭り」が行われている。



長崎のオランダ通詞は世襲になっていた。情報洩れを防ぐ為かどうかは知らん。コペルニクスニュートンの翻訳、有名な「鎖国論」を書いた志筑忠雄(しづきただお)がいる。本姓は中野。
志筑は長崎市内に現在もあるカステラ屋の山口氏の娘さんと結婚したと誰かから聞いた。越中先生だったかな、他の長崎地下者からだったかな、忘れた。中野氏は佐賀に多い。武雄市朝日町中野の地名もある。淀姫が亡くなったという場所の近く。中野の基は「中の臣」なんじゃなかろうか。
南に大村湾を下ると東彼杵(ひがしそのぎ)という場所がある。ひさご塚古墳という長崎最大の前方後円墳がある。その隣に竹中氏の屋敷なるものも。仲里依紗もその辺の出身でしょ。中さん多し。ご主人も中尾さん。中尾繋がりで帯隈山神籠石の横の白髭神社の側に中尾氏の立派な墓石が立っていた。

玉垂神社と全然関係中(なか)った。大変申し訳ありませんでした。