chayarokurokuroの雑記ブログ

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佐賀県武雄市朝日町中野川上「淀姫神社」

磐井八幡宮から北上していて偶然みつけました。

なんと肥前国一之宮「與止日女神社(河上神社)」で祀られる與止日女=淀姫=豊姫がこの地で亡くなったと由緒の案内板にある。



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肥前国一之宮「與止日女神社」(よどひめじんじゃ)の投稿
佐賀県佐賀市『與止日女神社』(別称 河上神社、淀姫神社) - chayarokurokuroの読書ブログ

淀姫(=與止日女=豊姫)は神功皇后の妹とか。4世紀ぐらいの人物か。



右カーブの左側正面にこの鳥居が目立つように立つ。引き込まれた。

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鳥居の右に石が。

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左にも石

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左側に川が流れています。

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曲芸師。逆立ちしてる。身体中に花の装飾。

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姫神
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  • 祭神 淀姫命、他六柱
  • 創建年 不詳
  • 例祭 7月29日
  • おくんち 10月23日
  • 由緒

    姫神社の祭神は、神功皇后の妹の淀姫命で、またの名を豊姫ともいい、朝日村の村柱であった。
    神社の創建のいわれは、神功皇后朝鮮出兵の時、妹の淀姫が後をしたって武雄温泉に来られ、丸山の風景をながめ、長旅の疲れを慰められたという。
    皇后の旅立たれた後、淀姫は二十二歳の若さでここ川上の地で亡くなり、御霊を祀るため建てられたと伝えられている。
    この神社には明神鳥居と呼ばれる鳥居が二つあり、
    一の鳥居は正徳六年(1716年)建立、
    二の鳥居は大正六年(1917年)に建てられている。



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二の鳥居。



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菊の御紋と、武雄鍋島の地だからか杏葉紋、瓦は三つ巴紋。



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新しげ。

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4世紀頃で皇后の妹なら古墳ぐらいあって良さそうなもんだが、神社内には無さそう。祭神の「他六柱」も気になる。川上梟帥と淀姫の関係が一番気になる。