chayarokurokuroの雑記ブログ

読書記録、書評、歴史(九州王朝)など

土師大保度は継体天皇?

福岡県には天満宮や天神社が山ほどある。菅原道真を祀っているのであろうが、たかが官僚をこれだけ祀るというのはおかしいのではないだろうか?

何かを隠蔽するためにそうしたに違いない!



鷽替え - Wikipedia 「鷽(うそ)替え」なる神事もあることだ、嘘も800回言い続ければ誠になる。

菅原氏は土師氏の末裔とされる。埴輪や古墳を作る土木建築技術を持つ。夏王朝の始祖「(う)」は黄河の治水を成功させた。昔から政治家のバロメーターの一つに治水能力の有無があった。武田信玄豊臣秀吉加藤清正徳川家康も、九州なら健磐龍も筑紫君磐井も蘇我稲目も道君首名(みちのきみおびとな)も立花も鍋島も田中(政吉)も、優れた治水を行った伝承を各地に残している。

ところで、菅原氏のスガ蘇我氏ソガ(スガ)は元は同じではないか?と思う人は少なくないはずだ!
蘇我氏は高い土木建築技術を持っていて、蘇我氏の古墳と言われる石舞台古墳高松塚古墳など巨石や装飾を使った構造物や寺の建設はそれを示している。
それらは九州の古墳や建築物に共通点がある上、九州に色濃く痕跡を残す武内宿禰の末裔だともされており無視できない。

にも関わらず九州に関係が深い筈の蘇我氏の痕跡がいまいち残って無い。そこら中に須賀神社やらがあって良さそうなものだ。
そして我が妄想は、「天満宮や天神社は蘇我氏の痕跡を隠蔽した」という所に行く。



菅原氏の先祖とされる土師氏は野見宿禰の末裔とされます。ネットで検索すると家系図のようなものが出てくる。年代などほとんど不詳となっている。その中に「土師大保度(はじのおおほど)」なる人物を発見した。
土師大保度 - Wikipedia

土師大保度の父親は土師咋子(はじのくいこ)、子供は土師首(はじのおびと)という。「咋子(くいこ)」「咋(くい)」という人物名は大伴氏や坂本氏にも見られる。年代も近い。500年代後半ぐらいだ。磐井の乱の後に蘇我氏が台頭するような時代頃。

その頃に「大保度(おおほど)」という響きが来れば直ぐにピン!💡 と来る人物といえば、そう、継体天皇・オホド
やたらと埴輪を立てまくっている高槻市の今城塚古墳の主と言われる謎の人物。

継体天皇=土師大保度」説急浮上!



高い土木建築技術を持つ蘇我氏も土師氏と同族かその様な集団を率いていたとして、土師氏と蘇我氏継体天皇オホドとの関係がうっすら見えて来ませんか?
そしてその末裔としての菅原道真を繋げれば、日本正史とは異なる話の道筋も見えてくる。

最後に。
時代は下って、五条家。家紋は九州王朝を示すなどといわれている宮地嶽神社のものと似た三階松五条家野見宿禰-土師氏の末裔として、相撲の興行に異常な熱を入れて来た。南北朝時代南朝方で九州に入った五条家の相撲熱の為か、横綱土俵入りの雲龍型と不知火型は共に、福岡県柳川と熊本県菊池の力士の型を起源とする。八女の岩戸山古墳の資料館に褌を巻いた力士の石像の下半身が展示されており、筑紫君磐井は相撲の物的証拠を残していることからして九州との関係も深い。記紀成立の200年前、菅原道真の400年前の時代。



以上、独り相撲でした。