北墳丘墓
2100年前の吉野ヶ里の王の特別な墓で、14基の甕棺が出土。
甕棺は平地に穴を掘って埋めただけだと思っていたので、吉野ヶ里に墳丘墓があると思っておらず、墳丘墓を見てもそれと分からず素通り(上の写真は後で写した)
回り込んだら自動ドアが見えた。
入ってみますと…
なんと、発掘した墳丘墓を丸ごと建物にして、外を土で覆って墳丘墓風に戻したものだった。
発掘調査する以前はミカン畑だったと職員さんから訊いた。
糸島の平原遺跡もミカンを植えようと農作業していたら何か出てきたので調査することになった。
「ミカン」は暗号だろう。察せよということだ(妄
あの、土に埋まっている割れたドングリみたいなのが甕棺です。
人骨が無いのは溶けて分解してしまっている為。大抵は青銅器や装飾品だけが残っている。
人間魚雷に乗る佐賀藩士
「武士とは死ぬことと見つけたり」
いやちがう (-д- 三 -д-)、王の特製の甕棺。外や内部に色が塗ってある。サイズも大きめ。
これがあの有名な、有柄細形銅剣(ゆうへい・ほそがた・どうけん)。真ん中の青い物はガラスの管玉。ガラスは特別な階級の人物しか持てないもの。
有柄細形銅剣は日本で4つだけ出土だとか。山口県長門市の王屋敷遺跡のはこの吉野ヶ里のにそっくり。あとは佐賀県唐津の柏崎遺跡と、福岡県の糸島の三雲南小路遺跡の1号甕棺墓。この2つは朝鮮半島の慶尚南道昌原の茶戸里遺跡の物に似ている。茶戸里遺跡は紀元前1世紀頃のもので筆なども出ているのでその頃には文字を使っていた証拠としてよく名前が挙がる。スキタイの剣の形と同じものらしい。
今回は以上です。
西口の駐車場に停めて、弥生くらし館で「よみがえる邪馬台国展」を見て、北墳丘墓まで。
昼から17時頃まで滞在して公園の半分しか回れず。相当広い。
一応、公園内では無料のマイクロバスが走っている。1時間に2便程度。自転車は走っていない。丘陵地なので高低差のある所もある 。
客層は家族連れが多かったが、大学生がピクニックしてたり、年配の方や外国人も多い。歴史ファンでなくとも多目的に使える公園。音楽やプロレスなどの催し物も時おり開催されているようです。
入場料や駐車料は有料。無料入園日あり。
公式サイト
吉野ヶ里歴史公園