chayarokurokuroの雑記ブログ

読書記録、書評、歴史(九州王朝)など

日本語のルーツは西遼河で3000年前に渡来ですと?

マスコミの記事は消えるので全文引用する。



日本語の元となる言語を最初に話したのは、約9000年前に中国東北地方の西遼河(せいりょうが)流域に住んでいたキビ・アワ栽培の農耕民だったと、ドイツなどの国際研究チームが発表した。10日(日本時間11日)の英科学誌ネイチャーに掲載された。

 日本語(琉球語を含む)、韓国語、モンゴル語ツングース語、トルコ語などユーラシア大陸に広範に広がるトランスユーラシア語の起源と拡散はアジア先史学で大きな論争になっている。今回の発表は、その起源を解明するとともに、この言語の拡散を農耕が担っていたとする画期的新説として注目される。

研究チームはドイツのマックス・プランク人類史科学研究所を中心に、日本、中国、韓国、ロシア、米国などの言語学者、考古学者、人類学(遺伝学)者で構成。98言語の農業に関連した語彙(ごい)古人骨のDNA解析考古学のデータベースという各学問分野の膨大な資料を組み合わせることにより、従来なかった精度と信頼度でトランスユーラシア言語の共通の祖先の居住地や分散ルート、時期を分析した。

f:id:chayarokurokuro:20211114232134j:plain

その結果、この共通の祖先は約9000年前(日本列島は縄文時代早期)、中国東北部瀋陽の北方を流れる西遼河流域に住んでいたキビ・アワ農耕民と判明。その後、数千年かけて北方や東方のアムール地方や沿海州、南方の中国・遼東半島朝鮮半島など周辺に移住し、農耕の普及とともに言語も拡散した。朝鮮半島では農作物にイネとムギも加わった。日本列島へは約3000年前、「日琉(にちりゅう)語族」として、水田稲作農耕を伴って朝鮮半島から九州北部に到達したと結論づけた。

研究チームの一人、同研究所のマーク・ハドソン博士(考古学)によると、日本列島では、新たに入ってきた言語が先住者である縄文人の言語に置き換わり古い言語はアイヌ語となって孤立して残ったという。

一方、沖縄は本土とは異なるユニークな経緯をたどったようだ。沖縄県宮古島長墓遺跡から出土した人骨の分析などの結果、11世紀ごろに始まるグスク時代九州から多くの本土日本人が農耕と琉球語を持って移住し、それ以前の言語と置き換わったと推定できるという。

このほか、縄文人と共通のDNAを持つ人骨が朝鮮半島で見つかるといった成果もあり、今回の研究は多方面から日本列島文化の成立史に影響を与えそうだ。

以上、引用終わり。



約9000年前に西遼河流域に居た民族が南下し、約3000年前に水田稲作農耕・ムギを持って日本に伝わったと。つまり紀元前1000年頃の弥生時代開始を言っている。
古い縄文語はアイヌ語として残ったと。
沖縄は11世紀に日本列島から農耕と琉球語を持って渡り、古い沖縄語と入れ替わったと。



九州や西日本は7300年前に鹿児島の鬼界カルデラ大噴火により壊滅し、その後1000年ほど人が居なくなる。約6000年前に人が住み始める。その火山灰層を鬼界アカホヤという。鬼界アカホヤは東北にまで達し、琵琶湖の底でも5cmの層が積もっているといいます。

鬼界アカホヤ層以前の縄文土器(轟A式)と、アカホヤ層以後の縄文土器(轟B式)は系統が異なる。アカホヤ以降のは南方系の土器。だから6000年前より後の九州・西日本縄文人は南方系海洋族と言われている。

その後の曽畑式(そばた)の縄文土器は、この記事が言うように中国北部や朝鮮半島の櫛目紋土器の影響を受けた物だとされるが、その担い手は変わらず南方系海洋族の縄文人だとされる。言語だけが置き換わるのだろうか。しかも3000年前の日本語をどうやって調べたのだろうか。
梁書』(倭の五王時代の中国の南朝の国)でも日本国内で国によって言語が違うと書いてありますけど。

佐賀県唐津にある日本最古の水田跡が発見された菜畑遺跡は2600年前紀元前10世紀で、朝鮮半島の水田跡は1500年前だとか。釜山の北側にある蔚山(ウルサン)オクキョン遺跡で紀元前11世紀ですと。
訂正すみません。
陸稲ならもっと古い。稲は縄文時代の割りと早い時期に東北まで伝わっていたらしいが、寒い地方では実らなかったのか栽培を放棄したようだと佐原真氏の書籍にあった。稲や水田農耕は本当に朝鮮半島から?