chayarokurokuroの雑記ブログ

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「女山神籠石横尾谷水門」と「日子神社」福岡県みやま市瀬高(前編)

福岡県みやま市瀬高(旧・山門郡瀬高セタカ)の 女山(ぞやま)神籠石(こうごいし)横尾谷水門 と、その入口にある 日子神社 を見てきた。



場所



☝️ 場所名 : みやま市瀬高町日子神社
緯度, 経度 : 33.167797 130.516605


☝️ 場所名 : 女山神籠石
緯度, 経度 : 33.160249 130.513152

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女山(ぞやま) は古くは「女王山」と呼ばれていたようです。麓にある「蜘蛛塚」という古墳も大正時代までは「女王塚」と呼ばれていた。この塚は『日本書紀』の中で神功皇后に討たれた土蜘蛛の「田油津姫(たぶらつひめ)」の墓とされている。女王の眠る「邪馬台国山門説」の場所です。一帯は(いわくありげな)神社が異様に多い。



女山(ぞやま)には弥生時代の銅剣や勾玉などが出土する遺跡や古墳群があり、史跡公園になっているのですが、2021年の大雨で土砂崩れで現在工事中。工事車両以外は立ち入り禁止になっていた。登山は出来ます。



神籠石について

神籠石(こうご・いし)」と呼ばれる遺構は現在、全国で16箇所見つかっています。そのうち10箇所は福岡県・佐賀県で、残りは山口県岡山県愛媛県香川県兵庫県
長方形の大きな切石が、山を数キロ(約3~4キロ)に渡って取り囲むように列せられていたり、城壁のように積み上げてあったり、水門を設置してある。
かなり古い時代に作られたもののようですが、古事記日本書紀続日本紀などに記録が無く、学者らは「7世紀の白村江の戦いの後に防衛目的で作った」などと「朝鮮式山城」と一緒くたにして語っていますが、その機能も含め詳しくは分かっておりません。「時期尚早」とボカシている。
筑紫野の「阿志岐山神籠石」は近年に古代山城研究会の方が登山中に発見したもので、探せば他にも見つかるかも…

機能については、佐賀県の「おつぼ山神籠石」「帯隈山神籠石」、福岡県の「鹿毛馬神籠石」は標高の低い場所にあるので、一概に「山城」だとは言い難い。「白村江後に防衛目的で作った説」論者からすれば「山城」でなければ困ると思いますけど。

私見では、北部九州の伝承などから7世紀より前、古墳時代に九州に都を置く倭国が作ったものと考えています。
高良山神籠石」は4世紀後半頃に作られたとか、筑紫君磐井の頃に作ったとか、学説より200~300年は古い伝承がある。筑紫君磐井は6世紀の人物なので、古墳の作りからして技術的にそんなにおかしくはないかなと。



日子神社

御祭神・由緒

口承によるため記録がなく、詳細は明らかではない。明治初期、行政区画の変更により、女山地区は神社をもたなくなった。その後、女山地区では不作が続いたため、1879(明治12)年、別の日子神社を創建し、御田植祭を復興させたのが始まり。女山日子神社は徳川家康公ご子息をまつる皇族神社。

徳川家康の御子息を祀っているですと。
九州王朝だの言ってると不敬罪で潰されるぞ。



女山(ぞやま)神籠石には4箇所の水門が見つかっているそうですが、今回見てきた「横尾谷水門」(または粥餅谷水門と呼ぶ)は「日子神社」鳥居から川沿いを徒歩で少し登った所にある。目印に分かりやすい。まずは日子神社から見ていきます。
駐車場がありません。バイクで行ったので適当に空き地に停めました。



みやま市, 福岡県 https://maps.app.goo.gl/7GY1SHdaBdmEiMM66



女山(ぞやま)神籠石の史跡森林公園の入口前の道を北に850mほどの所。瀬高自動車学校の前の道です。
日子神社の入口付近

f:id:chayarokurokuro:20220402125347j:plain 北向き



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南向き



f:id:chayarokurokuro:20220402130733j:plain 西向き。九州自動車道が走っている。



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東向き。先に鳥居が見えています。※ 駐車場がありません。



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入口の左脇にあった説明板。「粥餅谷水門」=「横尾谷水門」

鳥居の手前に祠

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この鳥居を真っ直ぐ進むと横尾谷水門。斜め右に見える階段を登れば日子神社。

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「日子」とは「何ヒコ」を指すのだろうか。まさか卑弥呼ではあるまい。



階段を登って行きます。社殿まで3分。

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振り返って

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山門の豪族



肥前鳥居

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社殿

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振り返って

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鎌が置いてある。何かのメッセージか。



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社殿の横に井戸



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社殿の裏手

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日子神社は以上です。
女山(ぞやま)の警備や検問をする人が在中する場所か何かだったのだろうか。



次回は、女山神籠石・横尾谷水門(粥餅谷水門)へ。
後編 リンク