chayarokurokuroの雑記ブログ

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九州の弥生墓から出る三角縁神獣鏡や西晋鏡

九州国立博物館20周年記念特別展

福岡県太宰府市にある九州国立博物館が開館20周年記念で三角縁神獣鏡の特別展を開くそうです。

開催概要: 令和8年10月31日から令和9年1月11日まで開催。



その悪口

日本古代史でお馴染みの、三角縁神獣鏡は卑弥呼の銅鏡、だという政治プロパガンダのトンデモな内容。なんでこんな如何わしい天乱会をせっかくの記念にやるのかねぇ。普段でも常設展の弥生古墳期の入り口に卑弥呼と関連付けるように三角縁神獣鏡を置いて展示してあるのよね。関係ないし邪魔だからあんなの撤去でいいのに。



三角縁神獣鏡の舶載鏡・魏鏡説

三角縁神獣鏡=魏鏡説の歴史は1920年代の富岡謙蔵という学者らから始まり、現在まで100年以上の歴史があるようです。魏志にある卑弥呼が魏から貰った100枚の銅鏡が三角縁神獣鏡なんだとゴリ押しする説です。有名どころでは小林行雄、梅原末治、樋口隆康、白石太一郎、福永伸哉などがいる。あと九大の辻田淳一郎なども一部を舶載鏡だと断じている。

私事ですが、初めて古代史の本を読んだのは森浩一(同志社、故人)だった。たまたまタイトルに惹かれたのかどうかは覚えてないが、彼は三角縁神獣鏡を国産だと早くから主張していた稀有な学者でした。古代史の学者の中にも三角縁神獣鏡を舶載鏡とも魏鏡とも認めない人も少なくないようです。



中国朝鮮から一枚も出土しない?

日本では、三角縁神獣鏡は主に関西から出土します。全国で合計500~600枚ぐらい出てます。バリすらとってない粗悪品多数。中国や朝鮮からは一枚も出土していないとされる。明治期に北京の骨董品屋で一枚見つかったという話はあるようですが日帝の工作員か誰かが持ち込んだんじゃね、知らんけど。
中国から一枚も出ないのに中国製だと主張する神経がなかなか凄い。

中国から出ないのに中国製だといいはる根拠の一つは、青銅の成分が同じだからだというもの。剣や戈や銅鐸など銅鏡以外の青銅器の成分でもそのようなものがあるらしいが、つまり日本国内でリサイクルして鋳直せば同じになるのは当たり前で、そう考えられている。三角縁神獣鏡に限りリサイクル説は認めないのも変な話。その他、今回の展示で最新研究とやらで珍妙な根拠を怪沈されてるようです。



関西では布留式土器以降の古墳からしか出ない

また、関西では三角縁神獣鏡は布留式土器以降の古墳からしか出土しない、ことが重要。纏向遺跡は布留式より前の庄内式土器期から始まる。全6基の古墳があるが、その最後の箸墓古墳(未調査)以外からは出土していない。纏向遺跡を卑弥呼と関連付けたいなら、箸墓古墳しか可能性が残っていないという崖っぷち状態。未調査な古墳に舶載鏡・魏鏡説の根拠を預けて、何の証明になっているのかと思うね。

ちなみにですけど、考古学の寺澤師匠や石野師匠は、箸墓古墳は卑弥呼に間に合わずせいぜい壱與の墓だと言ってるようで。意外。



魏鏡説

中国から一枚も出ないのに舶載鏡と主張する神経も凄いが、更にそれを魏鏡だとするのはもっと凄い。三角縁神獣鏡のデザインは、中国南部の長江流域など江南系の、三国志時代なら呉のテリトリーから出土する系統の、ごちゃごちゃしたものです。
一方、洛陽などで作られた華北の鏡は内行花文鏡や方格規矩鏡などで、洗練された幾何学的文様。華北と江南はデザインでかなり対照的。

後漢鏡は華北で官営工房により管理して作られていたが、中期以降は江南でも民間の工房でも作られ始めると。画文帯神獣鏡などごちゃごちゃしたデザインのやつ。民間工房が勝手に作って勝手に販売していた鏡が半官半民の盤龍鏡や神獣鏡に混ざっている事に注意する必要がある。民間工房製でも後漢時代の中国製銅鏡には違いないわけで。権威のレベルが違う。見極めにプロ目線がいる。
しかし、仮に日本国内でコピー品や類似品を作る際に基にする銅鏡は、官営の華北系銅鏡と民間を含む江南系とでは、政治リスクが雲泥の差だろう。冊封体制のもとで官営製をパクるとかは権威を蔑ろにしてるわけで結構ヤバいかと。平原1号の超巨大内行花文鏡とか仿製鏡と言われたりするけど、もしそうなら後漢に唾する行為よ。成り済ましてるわけだから。
逆に言えば江南系の銅鏡は民間工房が好き勝手コピーしまくってるので、日本国内でコピー品を作る政治的リスクは圧倒的に低いと思う。そもそも呉系をパクったところで冊封がどうのみたいな話にはならないので。だからこそ関西の銅鏡は神獣鏡(画文帯や三角縁)なのだろう。



九州の早い時期の三角縁神獣鏡

三角縁神獣鏡は関西のヤマト王権とやらが一括管理で地方に分配していたというのが関西中心史観の言い分である。関西では布留式土器以降の古墳からしか出土しない。もし古い弥生式の墓から出たら、どうなってしまうのか。

福岡市早良区藤崎遺跡の三角縁神獣鏡

例えば、早良区の藤崎遺跡。室見川の河口東。地下鉄空港線藤崎駅の辺り。そこから三角縁二神二車馬鏡や三角縁盤龍鏡などが素環頭太刀などとともに出土している。ここが問題は、出たのが方形周溝墓から。西新式土器の層だと。古墳ではなく方形周溝墓から。関西より早い時期では?もしかして卑弥呼より古かったりする?
以前に朝倉の平塚川添遺跡に行った時に調べた記憶で、平塚大願寺周溝墓から三角縁神獣鏡の出土例があると。これは福岡市内の福岡藩士宅から見つかったもので、由来は伝承で眉唾ではあるが精巧なものだと。産経新聞のWebを探せば見つかるかも。



西晋鏡が九州の弥生墓から

魏呉蜀の三国志時代は、魏の将軍の司馬氏が下克上をして終わる。日本だと卑弥呼のあとの壱與のころ。西晋のお偉方の墓(洛陽晋墓)から出土する銅鏡は、蝙蝠鈕座内行花文鏡(コウモリちゅうざナイコウカモンきょう)、位至三公鏡(いしさんこうきょう)など。これは日本では関西から出土せず、北部九州から出土する。九州からしか出土しないのは古代史の学者には不都合だろう。しかし、さらにこれが出るのは古墳ではなくて箱式石棺を土に直に埋めたような方形周溝墓とか墳丘墓のような弥生式の墓からだと。

西晋の銅鏡が九州の弥生墓から出るのに、弥生遺跡に鉄器も副葬文化すらなかった関西では同時代前に古墳が既にあったのだろうか?関西の土器編年はやはりおかしい。50年ぐらい早めてあるんじゃないの。



【追記】
書き忘れ、思いだし。樋口隆康(京大、故人)は三角縁神獣鏡は先に福岡で埋められ後に関西に中心が移った説だったはず。これだとヤマト王権の一元管理や卑弥呼と関連付けたい者にとって都合が良くない。
もうひとつ、中国から出ないのは三角縁神獣鏡が卑弥呼の特注(鋳)品だからというもの。こんなこと言い出したら何でもありだ。ルイヴィトン風にエルメスのロゴ入りの粗悪なパチモンバッグを、エルメスの工房に証拠は残っていないが本物だ、とか。
学問に政治を混ぜるとIQが50下がる。学問でもなくなる。確証バイアスでチェリーピッキングばかりして冤罪が増える。悪魔の証明的トンデモ仮説だらけの珍説が定説として居すわる。コロナとワクチンもその類い。都合の悪い公聴会のニュースは流されない。小市民は知らぬが仏。