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8月1日放送の世界ふしぎ発見。群馬の古墳時代

本日放送の世界ふしぎ発見は群馬の古墳時代。メモ

平成24年の発掘調査で見つかった群馬県渋川市金井の金井東裏遺跡の「鎧の古墳人」と、その近くで見つかった彼の家族とおぼしき女性と子供の骨などを中心に特集。
【参考】
群馬県 - 金井東裏遺跡「甲(よろい)を着た古墳人」情報展示コーナー

時代は6世紀。
鉄の鎧を着たまま亡くなっていた男性の身長は約164cmの大柄な推定40代男性。頭蓋骨の特徴から朝鮮半島出身の渡来系2世か3世だと。足の大腿骨から、長い期間に馬に乗って暮らしていたことがわかるという。女性の方は身長が140センチ後半、顎がガッチリした縄文系の形質の頭蓋骨。

驚いたのは、歯の成分分析でストロンチウムの量を調べることにより、その男性が長野県伊那谷で幼少期に育ったということが判ったのだとか。長野県で産まれ育って群馬県に移り住み、馬の飼育をしていた位の高い人物とプロファイリング。

榛名山の噴火により火山灰が数日間降り注ぐ中を村人たちは別の地域に移住したような足跡が発見されているが、鎧の古墳人は榛名山の方に向かってうずくまる格好で亡くなっている為、避難せずに村に残って荒ぶる神を静めることをやっていたのではと。風土記にもその様な儀式に関する記述があるという。



番組で気に入らなかったのは、前方後円墳ヤマト王権の許可制の古墳と言っていたこと。ヤマト王権の存在も古墳が許可制などというのも全く証拠がない妄想。



  • 『隋書』には「筑紫より東は倭国に属する」とある。
  • 旧唐書』には「日本国は倭国の別種」「日本は元々小国で、倭国の領地を併合した、または倭国が名前を変えた」とある。
  • 白村江の戦い以降に唐は筑紫に都督府を置いた。

ヤマト王権」なるものを仮定すると、上記の辻褄が合わない。