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白村江の戦いの登場人物(倭人)メモ

660年に百済は唐に攻められ滅亡した。百済の鬼室福信・黒歯常之らは復興運動を展開し、663年に倭国百済連合軍 VS 唐・新羅連合軍の戦いに発展。
この戦いで倭国百済連合は敗北し、倭国滅亡。日本国に変わる。
白村江の戦い - Wikipedia

倭国の登場人物を挙げる。

責任者(一応) : 斉明(皇極)天皇。661年出兵前に博多で急死(暗殺説あり)
責任者(一応) : 天智天皇
責任者(一応) : 天武天皇
第一派指揮官 : 安曇比羅夫。戦死。
〃 : 狭井檳榔(さいのあじまさ)。物部氏石川朝臣後裔佐為氏。生存不明。
造船責任者 : 朴市秦造田来津。近江国愛知郡の人か。戦死。

第二派指揮官 : 上毛野君稚子。豊城入彦後裔。群馬県人?生存不明。
〃 : 間人連大蓋(はしひと の むらじ おほふた)。仲哀皇子誉屋別後裔または神魂命五世孫櫛玉比古後裔。生存不明。
〃 : 越国守・阿倍引田臣比羅夫。664年筑紫大宰帥
〃 : 大宅臣鎌柄(おほやけ の おみ かまつか)。和邇氏。安曇族。
〃 : 巨勢神前訳語(こせのかむさきのおさ)。武内宿禰次男許勢小柄宿禰後裔。佐賀県人?生存不明。
〃 : 三輪君根麻呂(みわ の きみ ねまろ)。大物主後裔大和国三輪氏。生存不明。
第三派指揮官 : 廬原君臣(おいはらのきみなおみ)。駿河国造。生存不明。


唐軍の捕虜として名前が挙がる人物
筑紫君薩夜麻。筑紫君磐井の末裔?倭王?帰国。
土師連富杼(はじのみらじほど)。野見宿禰後裔土師氏?帰国。
氷連老(ひのむらじおゆ)。物部氏族。帰国。
弓削元宝の子(ゆげ の がんほう)。名前不明。日唐ハーフ。帰国。
大伴部博麻。福岡県八女の上陽町のヒーロー。薩夜麻らの身代わりで長期間捕虜後、帰国。
沙門道久(さもんどうく)。出自不明。僧侶。帰国。
韓嶋勝娑婆(からしますぐりさば)。大分県宇佐の神職団辛島氏族。帰国。
布師首磐(ぬのしのおびといわ)。武内宿禰後裔的臣同祖。福岡県浮羽の人?帰国。
猪使連子首(いつかいのむらじこびと)。磯城津彦後裔猪飼部氏族?帰国。
錦部刀良(にしこりのとら)。讃岐国人。帰国。
生王五百足(みぶのいおたり)。陸奥国人。帰国。
許勢部形見(こせべのかたみ)。筑後国人。帰国。
物部薬(もののべのくすり)。愛媛県北条市人。帰国。
壬生諸石(みぶのもろし)。上毛野君氏族か?帰国。

筑紫三宅連得許(つくしのみやけのむらじとくこ)。筑紫屯倉管掌一族筑紫三家連氏。遣唐留学生。捕虜と帰国。
土師宿禰甥(はじのすくねおい)。遣唐留学生。捕虜と帰国。
白猪史骨(しらいのふひとほね)。遣唐留学生。捕虜と帰国。

ざっと拾ってみた。倭国の存亡を掛けた戦いに登場する人物等なので、彼等こそ倭国の中心に居た本物の有力氏族なんだろう。
やはりというか、九州が多い。安曇、阿倍、筑紫君、大伴、物部などはモロ。
諏訪や吉備が見えませんね。八女と関係深そうですけど。



追記
蘇我馬子にやられた物部守屋は守屋だけに諏訪の物部氏なんだろう。出陣できない状態なのかな?
吉備氏は雄略7年(463年)に吉備氏の乱というのをヤマト王権(そんなもん無いだろう?)に対して起こしている。
吉備氏の乱 - Wikipedia
463年頃は、筑紫君磐井の祖父ぐらいの時代でしょ。磐井の爺さんの古墳は八女の石人山古墳だと言われている。物凄い直弧文の入った家形石棺。たぶん吉備氏の影響よ。筑紫君は吉備氏と強くキビった。
古事記日本書紀は史実はどうであれ(たいがい捏造だろうけど)超有力豪族を滅ぼす。葛城氏も平群氏も物部氏も大伴氏も蘇我氏も筑紫君も吉備氏も隼人も武蔵国造も熊蘇も。
ありもしないヤマト王権に対して豪族が乱を起こしたことにして、戦わずして富を収奪するのだろう。



追記の追記
熊本県宇城市西部(旧不知火町)の鴨籠古墳(カモゴ・コフン、5世紀)の石棺は、くり貫き式舟形石棺。直弧文の彫刻がバリバリ入っている上にカラフルに色が付けてあるマジヤバイ。古墳は竪穴式石室。吉備まじリスペクトでしょ。磐井の爺さんのはこれの影響かな。

あ、安曇比羅夫って諏訪か。福岡の志賀島宮地嶽神社か風浪宮かと…