武内宿禰の母=山下影姫ゆかりの神社だという佐賀県武雄市山内町大字大野の『黒尾神社』に行って来ました。
黒尾神社は武雄市に2つ(山内町と朝日町)あるようですが、今回のは西側の山内町大野にある方です。
「武内宿禰」(たけうちすくね/たけうちのすくね/たけのうちのすくね)は記紀に登場し、その末裔に紀氏や葛城氏、蘇我氏といった古代の大豪族が名を連ね、360歳ほど生きた謎の人物。肖像画が明治22年発行の1円紙幣に使われています。
武内宿禰の父親を屋主忍男武雄心命または比古布都押之信命と言い、佐賀県武雄市の武雄神社や福岡県糟屋郡などの黒男神社(くろどんじんじゃ)に祀られています。
母親は山下影姫(やましたかげひめ)。福岡県小郡の竈門神社(かまどじんじゃ)は山下影姫の墓所だという話があります。
黒尾神社は影姫の出生地か何かなのだろうか?
黒髪という地区もあり、黒尾神社に黒男(くろどん)神社に、黒づくし。鉄をクロガネと言いますが、鉄鋼にまつわっているのではないだろうか。
また、「影姫」の「影」と「景行」の「景」、「鹿毛馬」や筑後の「鹿毛」氏は関連があるかと思う。
武内宿禰の妹が壱岐真根子の母だそうで、真根子の父が雷大臣=中臣烏賊津。壱岐真根子は武内宿禰の身代わりで死んだとされており、武雄市若木の伏尸(ふしし)神社が埋葬地だと伝わったいます。また山下影姫の兄を宇豆彦といい紀氏の祖とも。北部九州に色濃く痕跡を残している。
場所
かなり分かりにくいです。何の標識も出ておりません。低丘陵の上にある。周囲の写真から。
山を左回りに登っていくと、この建物が見える。
これが見えたら画像左が神社です。
「黒尾神社」
振り返る
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このような石を見ると「いつ頃に造られた物だろう?」と思う。神籠石や朝鮮式山城の石垣などと比べたり。見てもわからんけどw
↓
階段登りはじめて徒歩2分。
はい来た!屋根に菊の御紋。
荒れて小さくみすぼらしくひっそりと佇むこのような場所に場違いな菊が咲く。
このような物を見るにつけ「本物くさい…」と思って秘かに満足感を得るのでございます。
以上です。