chayarokurokuroの雑記ブログ

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邪馬台国と桃の種は無関係

邪馬台国論争の畿内説の中で、纏向遺跡から約2800個出た桃の種を証拠として挙げる方がいる。今回はそれにケチを付けたい。



邪馬台国は通称『魏志倭人伝』という中国の歴史書に出てくる女王・卑弥呼の国の名前です。
で、倭人伝には桃に関する記述は一切無い。
なので、2800個の桃の種が出た纏向が邪馬台国であるという証拠には全然なっていない。桃の種の話を持ち出す意味が分かりません。

たとえば岡山県岡山市の弥生遺跡上東(じょうとう)遺跡では9600個の桃の種が見つかっている。
日本全国の縄文遺跡からも出ており、最古長崎県伊木力(いきりき)遺跡で紀元前6000年。長崎市から長崎バイパスで約15分、終点の多良見(たらみ)で降りた付近にある。余談だが現在は桃ではなく伊木力みかん🍊を主に生産し多良見ゼリーにも使われている。
桃の原産は中国だそうですが、縄文時代から日本全国にあった訳です。
岡山県では津島岡大(つしまおかだい)遺跡縄文時代約3500年前)で最古。



桃の話は日本神話でイザナギイザナミに追いかけられる最中に投げつける場面で登場するが、8世紀に日本国が書いた神話と、2、3世紀の倭の邪馬台国とは直接関係があったは必ずしも言えない。奈良・纏向は楽浪土器も絹織物も鉄器も出て来ない。
纏向の桃の種と邪馬台国を繋げて証拠とするのは全く筋違い。「ちょっと何言ってるか分からない。」レベルです。